atelier marronではハンドメイドコスメや絵画、工作などいろいろな取り組みを行っています。そんな楽しい毎日を出来るだけ紹介したいと思います。
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otonaの気持ち
殿の友人の大工さん

人って、自分よりも未熟なところで 頑張ってるうちは、
『がんばれ!がんばれ』って言うけどな

ちょっと抜きん出てきよったら、なんや!って急に目障りになったりするもんや…

わしは、大人になったらそういう気持ちはなくなるもんやと思ってたけども、
大人になってもきえへんねんなぁ…

簡単に自然にさらりと言わはった言葉が心にぐっときました。
なんて、正直な人…...
自己分析ができ自分を直視した上で
そういう自分も認めてないと他人にそんなことなかなか言えないょ…

先に告白してもろたから私も言えるけど、
そういう気持ち持っています。

いかにも自分が正当であるかのように自分の気持ちをデコレーションして
相手を批難したり されたりね…

認めたくないけど(w)


たいそうな気持ちのように見えて

突き詰めていくとこういうシンプルな感情であることがほとんどなんやろな


それにしても、
こういう自分に誠実な人の建てる家は誠実な施工で間違いない!
と改めて思いました。

 
yoga - -
螺旋のちから
 

プライベートヨーガレッスンで junko先生がおっしゃった

「螺旋はすべての基本…ステップアップして行く様も 螺旋状に…」

高校やったかの理科の先生の授業でもたしか同じことを聞いた

この世の中では螺旋は結構注目されていることなんだなあと思ったの



で、ここからが 
ちょっと不思議な私の(と勝手に思ってる)お師匠様たち



junko先生に聞いたキーワード

な~ンにも言わないのに翌日naomi先生にお会いしたときにも

その話題になったのです

私がべったり会話中に入ってその話になったのなら
誘導や引き寄せがあるでしょうが

私は忙しく会話に出たり入ったり…




席に着いた瞬間に

「同じことを全力でやってね、あ〜気持ちよかった。
やりきったで終わっても、最初はそれでいいかもしれないけれど

次また同じスタートからやりきってね、
また同じところに帰ってきたのでは何も変わらないやん。

やりきった。頑張ったことが=成長でなくてね

同じところにぐるっと帰って来たみたいでも少しづつ
そこから変化していくことが成長なのよ。」




螺旋状に成長せよとのメッセージなのか

以前と変わって無いように見えて少しづつ螺旋を描いているよ。

とのメッセージなのか?


この二人のお師匠様…

いつもいつもミラクルメッセージを
(何度も言いますが勝手にそう思っている)



ありがとうございます…今日もこころにきゅっと握りしめて 



yoga - -
junko先生に学ぶヨーガ☆またしても通ずるところ
 今日は プラーナヤーマ 調気  弛緩と緊張
のお話を軸にアーサナを自覚して行うことの大切さ
を教えていただきました。

ほんとに嘘じゃなく  恐ろしいほど
同じこと…

スシュムナーという背骨に一本通ったナディー(気道)に
プラーナを通す。
緊張と弛緩を繰り返して
指先にまでプラーナを通して…
漫然とアーサナをするのではなく
自分自身の体を感じながら…
自己決意して体を動かしていく

どうでしょう?

いままでも書いてきたみたいに
まるで奈緒美先生にいつもいつも繰り返し
言われていること…
フラメンコと全く同じや〜


そしてすべての事に間違いも正解もない
ただそのままで

あなた(わたし)に足りないところなど…

ほんとうはなにひとつないのです


皆様
junko先生
本日もありがとうございました


yoga - -
潤子先生とプライベートレッスン
 

今日は五蔵説の一番外側の食物鞘についてと

カウンセリングについての問答を…



その二つの課題に共通していることは

つかさどるのは歓喜鞘と言う一番コアな部分

常に連動している…



他人は変えることはできないが

自分がどう生きていくのかを決め自分を変えることはできる

問題を解決に導くのは

他人ではなく自分であるということ。


他人と過去は変えることはできない。

カウンセラーの基本的理念今日はヨーガの見解から

教えていただきました


なぜかげらげらと大いに笑い

底抜けに明るい授業…

同朋との愛のメッセージのリンクきゃ〜

あ〜楽しかった…


ありがとうございました





yoga - -
潤子先生に学ぶヨーガの会in marron
 今日はカパラバティ 「光る頭蓋骨」

腹筋を使った呼吸からのアプローチによる浄化方法などを

教えていただきました

シータリーもそうだけど子供の時にしていた遊びの中にも
ヨーガが見え隠れ…

いつの間に体の動きや動物的な本能を閉ざすように

心も体も硬くなっていくんやろ?

潤子先生に教わるヨーガで心も体も

子供のように柔軟に開いていっていただけたらいいなあ…

そんなふうに思いました。




ずっと気になっていたティンシャの鳴らし方も今日は教えていただき

なるほど〜!

シャバアサナをしているとき ごちゃごちゃといろんな雑念が

解放を邪魔しそうになると

ティンシャのチ〜ンという響きが

「こらっ!」って言われて
「あっ!」って気づくみたいな

瞬間を感じさせてくれるのです

いつも潤子先生のタイミングがばっちりで…




そして「評価しない子育て」に続き「取引しない子育て」

についてのお話でした


取引しない…このキーワードだけで

あ!と思われるお母さん

多いんじゃないでしょうか?

「静かにしといてくれたらお菓子かってあげるし」

「宿題するんやったらテレビ見ていいよ」


なんて言うのも  冷静に見れば取引ですね…

先生がおっしゃっていたのは特にお母さんの心

お父さんとはまた違う立場があるんじゃないかと

先生は私の偏見かもしれません とおっしゃってましたが

私もそう思います




子供にとってお母さんは社会に出るまでは
 倫理 情操 すべての精神世界の神的存在です。(責任重大だね)


そこを教育してくれるのは学校の先生ではありません
(中にはそんな先生もいらっしゃればいいですね。
天邪鬼の言葉として読んでください。なんちゃって…)


生きていくうえで何が一番大切かと言う心や
生きていく力を

子供に伝えていければ

(と言うかね…生きていくうえで大事なことは子供を育てながら
自分も子供に育てられ
気付いていくことが多いのかもしれません。相乗効果で…)

多少ハチャメチャ母さんで  ドジで  勉強を教えられなくても

えーんとちゃうかなあ思っています。


「あー!だからハチャメチャ母さん道 まっしぐらなんやあ」


と言う声が聞こえてきそうです…殿は毎日胃が痛いそうです。

いつ見放されることやら…おほほ


潤子先生  皆様今日も楽しいお時間をありがとうございました


今日の精油は   ティーツリーレモン


皆様風邪に気を付けてお過ごしくださいね

来月はお休みです






yoga - -
五蔵説
 
タイティリーヤ・ウパニシャド聖典による解説による
五蔵説…

さら〜っとへ〜こんな説もあるんやぁっとずいぶん前に目を通したことがある程度

今日の潤子先生の解説はとてもシンプルでいて分かりやすいものでした。
専門的に学ぶと1つ1つの鞘に深い理解が必要だと思いますが

私のイメージはお豆の鞘
果実の核と果肉です

お豆や
果実の種子は核を守るために幾重もの鞘に守られています。

個々の存在それぞれがとても大切なものであると同時に
最終の目的はその核を次の世代へ大切に届けるための鞘たち


核となるアーナンダマヤ・コーシャ  心素(チッタ)の所在 は個の物であって

宇宙の根源 生命の繋がりの源であると感じました。



自分の物であって自分だけのものでない
客観的に見れば見るほど

尊く粗末になどできないものなんだなぁ…



*




yoga - -
魔女修行
 

魔女とは

垣根を超える人…


般若心経にも魔女の姿が見えた



すべての境はない

空と煩悩の境もない

絶対も無い

良いことも
悪いことも

スタートもゴールもない

本当も嘘もない


すべての境を決めたのは自分

人生をどう歩いていくのか

スートラは答えではない



すべてはありのまま…



*
yoga - -
評価しない子育て
 

1月の潤子先生に学ぶヨーガの会

目からくる疲れ  肩こりに良い
ポーズを沢山組み込んでしてくださいました

私も頭が疲れていたのか珍しく
肩甲骨周りや肩が筋肉痛になっています

そして

評価しない子育てについてお話をしてくださいました

評価せずに我が子を見れる母親ならではの視点を大切に

評価と言うのはできていないことを探すことだけでなく
根本を見つめれば

褒める

と言う行為も

評価

することに変わりはない。と言うお話でした

すべてそのままを…  良い 悪いではなく 肯定する

「何があっても私だけはあんたのそばにいてるんやで」

という安心感を子供が感じる存在でいたいものですね。と…

*

そのためにはやはりまず自分自身がしっかり
自分の足で立つことかな?と思いました

子供を持ち味わう孤独感は
ママ友が増えれば解消されるのかな?

自分自身を見つめるきっかけを子供が教えてくれる
チャンスを逃さず恐れずにじっくりじっくり時間をかけて
考えていきたいな

潤子先生のヨーガの時間が
望む方たちへの気づきの時間になりますように…


評価…

大人になっても人間は評価され続ける…


本当にそうですよね
ものすごく個人的な意見をづつってしまいそうやわ〜

肩書きでしか判断できない人っているんですね

今頃気づくなんて私って世間知らずでしょ〜?

感性で考えない分
人の気持ちの在処に気づかない
自分では意見を言っていると思っておられるようですが
評価する言葉の羅列でしかない

あ!あかん…
私まで評価しちゃってる?

へこたれへんで!かかってこんかい!…位で終わっておきます。

平常心平常心…
常に自分を顧みるいいきっかけをいただいていると思おう


潤子先生ヨーガの会の皆様   未熟な私…今年もよろしくお願いします





yoga - -
瞑想


よく、マロンさん瞑想はされてますか?
と質問されることが良くあります

「う〜ん特別な時間を設けてというのはないです。
私にとっては作品に集中したりする時間が瞑想みたいなもんです。」

とお答えしてきました。

座禅などは保育園がお寺と言うこともあって
小さい時から本格的にさせていただける環境でしたが
去年 初めて瞑想の会に参加させていただきました。


終わった後の潤子先生のいつもの投げかけ「どう感じましたか?」
について(いつも考えるヒントを教えてくださいます)

ずっと悶々と考えていました。

瞑想中の一つに瞬きをしないというものがありました。
実は私は右目が乾かなくて、
そのことが終わるまで気になって右目ばかり触ってしまいました。
雑念だらけ…

そして「作品に集中しているときが瞑想みたいなものです。」

と口にした自分の本意は何なのかがずっと気になりだしていました


私が瞑想すなはち空(くう)に近い状態だと感じる環境は
日常の中に結構あって、
長距離運転をするとき
作品(ミシン、クラフト、アクセサリー)を集中して作るとき
お風呂で読書をするとき…

その時間を持てた後にはすっきりとした
自分自身の軸が起きてエネルギーに満ちたような心持に
なるのです。

なぜなんだろう…

人は瞑想するとき
無になろう。
何も考えないニュートラルな状態に心を近づけよう
とするのではないでしょうか?

物事に集中したとき
心はその1つの物事に対して
そのことをやりきることで頭がいっぱいになる。
逆を返せばそのこと以外の心は空っぽになる。
無を目指して
無だけを感じ他の心を空っぽにする状態と
同じ心の状態になるのではないかな?


沢山の情報が溢れた世界の中で
何も考えないようにしようとすることは難しいけれど
1つのことに集中しようとすることはもっと生活に身近で
瞑想に近づける方多いかもしれない


お正月に生家に帰り
亡くなった人を偲び、おじいちゃんやおばあちゃんのことを思い出しました
オセロ…花札…麻雀…囲碁…将棋 編み物 お正月はもちろん
日常的にも楽しんで集中する時間を沢山
持っていて生活の中での秩序
「例えば年始  お正月には祝箸を使い火を使わずにおせちをいただく
1日はお布団を上げないお風呂にも入らない
2日のお料理
3日のお料理
胃が疲れるころ7日には七草粥
などなど」
を大切にしていました。

瞑想の状態の心のパワーバランスを自然に知り
生活の秩序の中で
その都度心を自浄(リセット)することを
習わしとする。

ものすごいお手本を示してもらっていたのだなあ…と
今更ながら気づきました。

好きな事に耽る…

とても大切な心のメンテナンス
こんな瞑想方法はいかがでしょうか?
yoga - -
生きること  死ぬこと
 



このことについて考えるという先生から課題を頂いて家庭の中の出来事を思いました

先日の古川先生の講座でもそうでしたが
いろいろなところで
家庭の中の出来事に対する一つの答えや
対峙するうえでの切り口となるような
キーワードが出てきてドッキリとします


今年の7月に義理の父が亡くなりました

あれから3か月
殿にある変化が見えてきました

体調が悪い
あそこが痛いここが痛い
病院へ行っては安定剤をもらって帰ってきます

先日も夜中に起こされて
痛いところをさすってくれっていうのです

さすりながら気づいたことがありました

死への恐怖です。その気持ちでいっぱいなんやね…



皆さんは死んだらどうなると思いますか?

極楽へ行く
宇宙エネルギーとなって輪廻を待つ
肉体はかならず目に見えて滅びるんだけれど
魂はどこへ?



私は無になると信じています

無…空…悟りの境地

(先生に教わった8支則 三昧への興味が湧きます
ヨーガスートラの文面が以前と違って見えます
不思議…)


だけれども
恨みや恐怖で支配された心は時に肉体を離れて
自分の力の及ばない大きな力を持つことがあります

そういう魂は肉体が滅んだら素直に無になれるんでしょうか?


恐怖を捨て
人と比べず
自分の道を見失いそうになったら歩みを止めて教えと照らし合わせる

誰かの教えにすがらず自分の意思を保って
教えを片手に歩んでいく


ただ淡々と生き   ただ淡々と死ぬ


その淡々と毎日生きることの礎になるもの

それが私にとっての ヨーガ  哲学  です

それに気づかせてくださった西澤潤子先生

潤子先生のご縁でパズルが合うように出会った
キワメテヨーガ的な仲間…
コトバにできない想いが溢れてきます


この瞬間生きていることに感謝いたします


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