atelier marronではハンドメイドコスメや絵画、工作などいろいろな取り組みを行っています。そんな楽しい毎日を出来るだけ紹介したいと思います。
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ことばの奥にあるもの
コンパスのある、パルマを打とうとするとき
心のなかで、伝えようと、気持ちの手綱をギューット引いて
心から投げ掛ける。
不思議と、こんな 支離滅裂な私でも、心で語れた時は、みんなに通じるパルマが打てる。

心で念じるって…
そんなことでやりたいことが具現化するの?


私、逆やと思う。
心に念のない所作は 大袈裟に見えてもなにもない。

ことばも同じ。

念のないコトバは 大袈裟に見えてもなにもない。

だって、その奥にある見えないものが、見えないどころか空っぽなんだから。

私たちの身体や言葉は
心のなかを共有するために進化した。
三原色を見分ける力は、顔色を見るためなんやて…
人と何かを共有したくて、身体の能力を進化させてきた動物。ヒト

心は何を感じていますか?

対抗心や支配欲
共依存やその場しのぎの嘘の共感。
それらが作ったコトバの奥に本当の心は宿っていますか?




flamenco - -
世界の広がり方
なんか 世界の広がり方って書いたけどすごい大層なことのように見える・・・

いつもの月曜日☆

「心のままに踊ればいいねん」って
「自分が自分にかけた ちゃんとしなあかんって マインドコントロール解いてよ!」って

そやねん!ホンマにそやなあnaomiセンセ
自分がかけた魔法は 自分にしか解けへん

自分で何とかするしかないんや〜!

ってちょっと吹っ切れると(まあ、あれでもそう感じ取ったんですわ)

ぼわんて気持ちが体を駆け抜けて 空気があったまるみたいに
自分の周りが広がるような感じ・・・一瞬だけ

あ〜!この感じっ

な〜んか突き抜けて行きたいな!とか吹っ切りたいなって
思うことがあるけれど それって
自分の中をどんどんどんどん突き進んでいくことで
自分のカラを破って自分でない所へ飛んでいくことじゃないのかも・・・

階段を上がるみたいにステージが上がると眼下に見える世界が広がって
自分の派動が合わない人とは生活の中ですれ違わなくなるとか
聞いたことがあるけれど

自分の世界が広がることって
そんな二つの目でしか見えないような狭い世界とちごて
もっともっと広い
後ろも前も上も下も壁の向こうも全てがクリアに
広がって 派動も糞もない
自分も他人の境目も
ひょっとしたら見えなくなって すべてが一つに見えるような
もっともっと広がる空間  なんと違うかな・・・?

とふと思った

いつか 100%感じて 見てみたいな〜!








 
flamenco - -
身体を支配するもの  パルマに教わること
 

先週naomi先生 フラメンコレッスン

「一生懸命になりすぎて肩に力が入ってる
カラダが自由にならへん状態になってるの気づいてる?」

うん〜気づいてる
間違えへんように・・・とか
次は右で〜とか?何回も何回も繰り返し言われてることやのに

振りに振り回されて何を今 感じて感じたいのか
見失う  もうダメ・・・

肩に力が入って一生懸命の方向がぶれてくる



今週

「肉体に支配されてるねん。反対やで!
魂が感じる喜びが指の先から溢れてくるのよ。
自分が感じた事をすっとばした踊りに楽しみがどこにあるのよ?」


う〜ん
そう
今を感じて楽しむだけでいいのんわかってる
頭が邪魔して思うように体がこころと繋がらへん

今感じてる心を踊る
そのことを実行しようと思ったら
人の目や 人の価値観を気にしてたら出来ひんな

気にする私ではないはずやのに

なんで意のままにならへん!?

自分を信じきれてないのかなあ〜

などと考え出すとほらまた・・・


まあ とにかく楽しも

いろんなこと考えるよりも
まずは動いてみよか〜

と、毎度のことですが・・・
いつの間にやらフラメンコのことなのか、日常のことなのか・・・?




flamenco - -
本物




土曜日に素敵すぎるアレグリアスを観ました…

見た日はすごい!やっぱりすごい!!!!感動した!って思って帰ったのに


1日開けて月曜日には
「私には 無…無理や…」って 愕然とした

これぞ衝撃…

私ってホントにどんくさくて自分で思うように踊れてないのはわかってるんです

でも…努力すれば何とか自分の物にできるかも!って
オモイナガラレッスンを受けているんだけれど

あのアレグリアスを観たら
週に一回レッスンに行くくらい何の意味がアンネやろ…
何なら自分ができると思うこと自体神聖なものを汚してるんちゃうやろか?

くらいに…
練習に向かう途中で 急に 衝撃がはしって落ち込んで…


なんでやろ?今までライブを何回かは観てるし
先生の素敵さは重々わかってたつもりなのに…

そこでハッと気づいたんです。

自分も先生のもとで4年近く学んで 変化してきてるってことなのかな

そして本物ってこういうことなんだ…
真似できようがない 本物の踊り 簡単じゃない
宇宙の神秘

「誰かみたいになるんじゃなくて
それぞれの踊りを探していけばいいのよ。
それは生き方にも深くつながっているでしょ?」

こんな  恐れ多い  私の告白に
普通に笑って 私も(師の)チャナに会ったときはね…って考えて返事くれる
奈緒美先生の言葉にホントは泣きそうになりました

愛の告白みたいになってしまった

でも 愛なんかなぁ…深い深い愛なんやろなぁ…







flamenco - -
パルマに教わること☆心の自由を取り戻す
 
淡々としたリズムを繋ぐことはとっても難しくって

1つ1つお腹に刺さったねじを締め直すことをしないといけない


でも…保ち方は人それぞれで

「真似して実行するんじゃなくて 理解して実行する」

ことがとても大事なこと




今日も素敵なnaomi先生

「麻美ちゃんはこう見えて凶暴なところがあるのよ。
だからちゃんと 感情が暴走しないように
自分自身の手綱をひいて コントロールしないといけないよ。」

そう…踊ってても感じることが先に走って行っちゃって 
ぴゅ〜って飛んでいきそうになる

ちゃんとここにいて

この共有してる世界をみんなと愉しみたい…


「格好悪くて自由にならへん自分も目を開いてちゃんと見なさい。
思うようになってへんことに気付いて かっこ悪くて 恥ずかしくて
それでも目をそらさずに 

どうしたら 自分を自分が望む方へ
連れていけるのか…考えて試して そしたら
格好悪い今の自分は バネになってくれるのよ。」

  
いいところも 嫌いなところも 格好悪いところも 全部自分なんやな…

ちゃんと自分自信を見て…

やなとこを隠して 自分と違うところで踊るんじゃないんや。



誰かの評価を気にしたり
人の猿真似  じゃ退屈で心がないやん


今 何を感じた?  感じたふりじゃなくてホントに感じたこと
ちゃんと受け止められる 心でいたい

誰にも何からも 束縛を受けない 自由な心をしっかりと自分の物にして



「わからないのに自分でやろうとしちゃうでしょ。
心を開いて周りを見てみなさい。
ヒントやガイドはいつもあなたの傍にある。

あなたが心を開くだけで 沢山の人たちの
助けを受けることができるのに…

自分が心を開くだけで周りも 自分自身のことも もっともっと見えるのに」


今日も心をもみもみもみもみされました…

ええ  そうなんです…

naomi先生による
フラメンコのパルマレッスンのお話です。




flamenco - -
心があるところ
 

最近カンテ(フラメンコの歌)も習いだしてる私…



心にあるものを内から外に向かって出そうとするとき


例えば釣り竿を ぶん!  と振るときのように


しっかりと自分がその気持ちを掴んでいないと

竿ごとどこかへ飛んで行ってしまうばかりか

魚のところにも針が届かない



うた声も心と一緒なのよ

ただ大きい声を出してキーを合わせて出せばいいってもんじゃない



ちゃんと自分の心に戻ってこないといけない

出すときに力を入れるんじゃなくて

ちゃんと自分に戻ってきたときに

心から…

心の居場所の心地よさを感じて…
どれだけリラックスできるか が

肝心なコトなのよ


自分はここに居るってことをしっかり感じなさい


ホントに毎回思うんです…これが奈緒美先生から教わるフラメンコ 

 魂の在処




*



flamenco - -
自然にふるまう
 

「自然にふるまう」

自然にふるまってるふうにふるまうんじゃないのよ…



右向いて左向いて角度がこうでそこで回るねんって

形にすぐにとらわれてしまう…



だけどそんな風に踊りたい?




右手を出しました

心を掴んで相手に渡すみたいに



左手を出しました

私はここにいるんだよって伝えるみたいに





あんな風に繊細に心の振るえを

表現して感じて生きていけたらなあ…




腑に落ちてないのに落ちたふりしない!

納得するまで考えて工夫しなさいって…




目指す師がいるということは幸せなことです  

(なにが先生じゃ〜!先輩じゃ〜!とか言うていた
血の気の多い若かりしあの頃とは違うのよ)





「大丈夫よ!

何に習慣づくかということで 人は ちゃんと変化するんだから

一回一回心に刻んで
自分はどうしたいのか。

どんなふうに表現して何が大切なのかを感じることに立ち返る。  

それが自分の習慣となれば しめしめ よ!」




心の中にある大事なことを

1つづつ
1つづつ

表現することができる

誰もができる(私は時間かかるよ〜!!!)


そうしたいのかしたくないのかを決心して

繰り返し繰り返しやっていくだけだ


flamenco - -
決心
 

ひとつづつ行くぞって決心してから行くの

大きな流れは抗えない淡々とした流…そこに自分で行くぞって決心して
ひとつづつ丁寧に乗って行くのょ

こんなものかな なんて形にこだわらないで気持ちにこだわって!

もちろんもちろん
パルマの指導…



決心か…




福島の事故が起きる前から
原発の危険性を訴えて何十年も
活動されている方がいます

私の周りにも子供の未来のために活動されてるママさんたちが居て
反対運動のドキュメンタリー映画の上映や
森のお話会
署名運動などされてました

福島の事故の前は
40名のお母さんたちに声かけて

1名くらいが情報を知ろうと参加される。



そんな実状でした



不幸にも事故が起きて
そのことがきっかけとなって報道の操作や
政治の操作
原子力の怖さが沢山の人に見えました




今でこそ需要と供給のバランスが問われる声が上がっていますが


事故の前は…


そんなもんだと
思ってませんでしたか?


自分が使う電力量や
原子力について

家庭の母親のどれだけの人が真剣に考えていたでしょうか?

日本は
原バク被害にもあい
水爆実験の被害にもあい
これまでにその怖さを
とっても身近に感じることがあったにもかかわらず。
54基も建っていた。






こういう世の中の循環を作り出したのは

権力のある一部の人たちの仕業なの?

私には自分たちが作り上げていってる世の中のように見えてなりません


一人一人が
決心して生きてく
大げさかもしれませんが

広島のお母さんの母乳からセシウムが検出されましたね


そんな記事を見るたびに
自分の愚かさに心がチクチクするのです。


お母さんだからこそ
たくさん勉強しないといけない

我が子の安全は
地球の未来
一人一人が担っている
そのことを忘れずにいたいと思う


flamenco - -
タンゴの歌詞
 

人は

色々な価値観の中生きてるなあと、つくづく思う今日この頃


奈緒美先生に教わったタンゴの歌の歌詞

「君の歯はミルク粥みたいに白いね〜」
「君の顔は夜遊びしてきたばかりのように悪いね〜」

意味があるような
無いような…?

そんな歌詞に載せて踊るんだけれど
ものすごく一つになれて楽し〜〜って時もあれば
全然しっくりこない…つまんないって時も
セクシーって時も
カワイイって時もある…


生きていくってこともそうなのかな?ってふと思う

時の流れ…
瞬間瞬間は意味があるような無いような
ことの積み重ねなんだけれど

感動したり
感謝したり悲しんだり
怒ったり笑ったり

感情が生まれる

正義や正しいことばかりが
心を動かしたり人を導くとは限らない

何にどんな感情を載せて生きていくのかは
それを読み取る人の心次第なのかもしれないな






flamenco - -
パルマに教わること・・・続
 

今日レッスンでパルマを打ってるときに
奈緒美先生がおっしゃった

「人の顔色うかがってたらあかんのよ

相手の行動にとらわれると
自分のすべきことが見えなくなる時がある

自分のすべきことを淡々とこなしていくためには
自分の言いたいことをぶれずにはっきりと表現していく必要があるのよ。」

もちろんパルマの指導です・・・



どき〜ん・・・




心に貫通しました



今週は
潤子先生のプライベートレッスンもあるのです
私今週なんだか
ものすごく意味のある1週間になりそうな予感・・・
(と思いながら毎週洗礼を受けてるな・・ )
 




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